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東京地方裁判所 平成元年(ワ)3598号 判決 1990年7月30日

原告 星山昇こと 李昇龍

右訴訟代理人弁護士 有吉春代

被告 吉田壽善

右訴訟代理人弁護士 菅沼漠

主文

一  被告から原告に対する、東京北簡易裁判所昭和六〇年(イ)第八号事件の和解調書に基づく強制執行は、これを許さない。

二  訴訟費用は、被告の負担とする。

三  本件につき、当裁判所が平成元年三月二七日にした平成元年(モ)第二〇一八号強制執行停止決定は、これを認可する。

四  この判決は、前項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文第一、二項同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告を申立人、原告を相手方とする東京北簡易裁判所昭和六〇年(イ)第八号起訴前の和解申立事件(本件事件)において、昭和六〇年四月一五日、原告代理人弁護士甲野太郎と被告代理人弁護士菅沼漠との間に、「(1)被告は、原告に対し、別紙物件目録記載の建物部分(本件建物)を昭和六〇年一月二八日から同六四年四月四日まで賃貸する(本件賃貸借)、(2)本件賃貸借は一時的なものとし、更新はしない、(3)原告は、被告に対し、昭和六四年四月四日限り本件建物を明け渡す」等の内容の和解が成立し、その旨の和解調書が作成された。

2  しかし、本件和解調書中、本件賃貸借を一時使用目的とし、期間満了時には本件建物を明け渡す旨の本件和解条項(2)及び(3)に係る合意は、甲野弁護士の無権代理行為によるものであり、無効である。

すなわち、原告と被告間には、昭和六〇年一月二八日、本件賃貸借につき、「期間満了(同六四年四月四日)後の更新による契約の期間を五年とし、再度の更新はしない。すなわち、同六九年四月四日をもって契約終了とし、原告は明け渡す。」との内容の即決和解の申立てをするという条項を含む公正証書が作成され、これに基づき、原告は右内容の和解をする権限を甲野弁護士に授与したのであって、その後原告と被告間にはなんらの新たな話合いがされなかったにもかかわらず、同弁護士は、前記内容の条項を含む和解を成立させた。

3  また、賃貸借期間満了時に本件建物を明け渡すべき旨を定めた本件和解条項(3)は、借家法一条の二及び二条に違反し、同法六条により無効である。

4  よって、原告は、本件和解調書の執行力の排除を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は、認める。

2  同2の事実中、原被告間に原告主張の内容の公正証書が作成されたことは認めるが、その余は、否認する。

原告は、甲野弁護士に対し、昭和六〇年一月二八日ころ、本件事件において、被告との間で、本件賃貸借が一時使用を目的とするものであると合意する代理権を授与した。

3  同3は、争う。

三  抗弁

本件賃貸借は、被告の息子が大学を卒業し、本件建物において営業を開始する昭和六四年(平成元年)四月までの間に限った一時使用を目的とすることが明らかなものであるから、借家法の適用はない。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実は、否認する。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1の事実は、当事者間に争いがない。

二  代理権の有無の点はしばらく措き、賃貸借期間満了時に本件建物を明け渡すことを定めた本件和解条項(3)の効力についてみるに、同条項は、一時使用目的であるなどの特段の事情のない限り、借家法一条の二、二条に違反し、無効と解すべきである。

これに対し、被告は、本件賃貸借は一時使用を目的とするもので、借家法の適用はないと主張するので、判断する。

1  前記争いのない事実に、《証拠省略》を合わせ考えると、次の事実が認められる。

(一)  被告は、元島博康に対し、昭和五九年四月二日、本件建物を、期間同年四月五日から同六四年(平成元年)四月四日までの五年間、賃料一か月二〇八万円、保証金五〇〇〇万円、パチンコ店営業目的の約定で賃貸し、契約当日、右賃貸借について公正証書が作成された。右公正証書においては、右各約定のほか、契約を更新するときは、更新後の期間を五年間とし、その期間満了時に元島が被告に対して本件建物を明け渡すことを定める起訴前の和解をするとの約定がされた。

(二)  原告は、昭和六〇年一月二一日、被告の承諾を得た上、元島ないし同人から賃借権を譲り受けたトップ温水社から、本件建物の賃借権及び営業用設備・什器・備品等一切を三五〇〇万円で譲り受け、引き続き、パチンコ店を営業することとした。その際、原、被告及び元島ないしトップ温水社は、元島ないし同社が被告に差し入れていた保証金五〇〇〇万円をそのまま原、被告間の本件賃貸借保証金に流用することとした。

(三)  原告は、昭和六〇年一月二八日ころ、被告と元島ないしトップ温水社間の賃貸借契約と同一条項(期間昭和六四年四月四日まで、賃料一か月二〇八万円、保証金五〇〇〇万円、目的パチンコ店営業)により、被告との間で改めて店舗賃貸借契約書を取り交わし、右賃貸借に関し、公正証書を作成し、併せて起訴前の和解の申立てをする旨合意した。

(四)  右合意に基づき、原告と被告とは、昭和六〇年一月二八日、本件賃貸借に関し、(1)賃貸借期間は昭和六〇年一月二八日から同六四年四月四日までとする、(2)本件賃貸借は、前賃借人の賃借権を譲り受けたものである、(3)更新後の期間を五年間とし、その期間満了時に原告は被告に対し、本件建物を明け渡すとの起訴前の和解を別途申し立てる等を内容とする公正証書を作成した。

(五)  さらに、原告訴訟代理人甲野弁護士と被告訴訟代理人菅沼弁護士とは、昭和六〇年四月一五日、前記合意に基づき、東京北簡易裁判所に対し、起訴前の和解を申し立て、右和解において、本件賃貸借は一時使用を目的とするものであり(本件和解条項(2))、期間の満了する昭和六四年四月四日限り、原告は被告に対し、本件建物を明け渡す(本件和解条項(3))等を内容とする本件和解調書が作成された。

(六)  ところで、被告は、本件賃貸借当時、息子が大学を卒業する予定の昭和六四年四月には、原告から本件建物の明渡しを受けた上、息子に同建物で営業活動に従事させたいとの希望を抱いていたものの、具体的計画を立てるまでには至らなかった。

(七)  右(一)から(五)までの各事実によると、(1)本件賃貸借は被告と元島ないしトップ温水社との間の賃貸借(前賃貸借)をそのまま引き継いだもので、賃貸借期間は前賃貸借の残存期間とされたものの、殊更短期間に限定する趣旨に出たものではなく、賃料、保証金の定めも、前賃貸借と何ら異なるところがなかったこと、(2)本件建物の使用目的は、原告においてパチンコ店営業を引き継いで行うことにあり、被告もこの点を了知していたもので、右使用目的自体、期間を短期間に限定する趣旨のものとはいい難いし、むしろ、原告は、右営業用設備等資金として、三五〇〇万円に及ぶ多額の資本を投入しており、右資本回収のため、相当長期に亘り、パチンコ店を営業する予定であったと考えられること、(3)原、被告間において当初作成された店舗賃貸借契約書及び公正証書には、いずれも本件賃貸借を一時使用目的とする旨の記載はなく、かえって右公正証書では、期間満了後には更に五年間更新することを予定していた条項さえ定められていたにもかかわらず、その後作成された本件和解調書において、はじめて一時使用目的という文言が使用されたものであって、本件和解調書作成までの間に、原、被告間において、本件賃貸借を特に短期間に限る格別の事情が生じたと認むべき事実及びこれについて話合いがされた事実も見あたらないこと、(4)他方、被告においても、本件賃貸借当時、期間満了後に必ず本件建物を使用する具体的計画とその計画実現の見通しがあったとの事情を認めることはできないこと等を指摘することができる。

以上の諸点を総合勘案すると、本件和解調書中に一時使用という文言が記載されていたからといって、それだけでは本件賃貸借が一時使用目的であることが明らかであるとは到底いえず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

2  そうすると、借家法の適用のある本件賃貸借においては、その期間満了時に原告に本件建物の明渡し義務が発生する旨を定めた本件和解条項(3)は、借家法一条の二及び二条に違反し借家人に不利な条項であるから、同法六条により無効であって、被告は右条項に基づいて、原告に対し、本件建物明渡しの強制執行をすることができないといわなければならない。

三  以上の次第で、原告の本訴請求は理由があるから、これを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を、強制執行の停止決定の認可及びこれに対する仮執行の宣言につき民事執行法三七条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 江見弘武 裁判官 貝阿彌誠 福井章代)

<以下省略>

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